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大阪地方裁判所 昭和35年(ワ)249号 判決 1960年12月15日

原告 大阪不動産株式会社

被告 矢野庄次

主文

原告の請求を棄却する。

訴費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金三〇〇、〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

(一)  原告はかねて大阪市港区南市岡町一丁目九番地の二、宅地五〇坪七合八勺ほか四筆合計一〇六坪二合三勺の土地(以下本件土地と称する)を所有していた。

(二)  訴外亡矢野イワノは、本件土地の東方に十数坪の土地を所有して居るに過ぎないところ、昭和二三年九月末日、不法にも原告所有の本件土地を自己の所有地と詐り、訴外西田誘四郎に対して擅に賃貸し、更に同人をして訴外亀井、古東、笠岡等に転貸せしめた結果、同人等は夫々建物を建築して本件土地を占拠するに至つた。

(三)  原告は、亡イワノの故意又は過失による右不法行為により、自己所有の本件土地を西田等に占拠され、地代相当の損害を被るに至つたので、弁護士水田猛男に委任して、亡イワノの承継人被告(被告は亡イワノの遺産相続人であり共同相続人たる被告の妻は相続放棄をなした)及び西田等を相手として土地明渡と損害金の支払を求める訴訟(大阪地方裁判所昭和三二年(ワ)第三三三〇号事件)を提起し、一審で勝訴判決を得たが相手方等は控訴した。

(四)  これがため原告は、右訴訟委任につき水田弁護士に対し、手数料(着手金)一、二審各金五万円、報酬金二〇万円、合計金三〇万円を支払つた。

右金員の支出は、亡イワノの不法行為に基因して原告が被つた損害であるから、原告はその賠償として被告に対し金三〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、

被告の抗弁を否認し、原告は前記訴訟の控訴審の和解において、被告に対する地代相当損害金請求権を一部減額放棄してやつたに過ぎず、本訴において主張する損害賠償請求権まで放棄したものではない。と附陳し、

証拠として、甲第一乃至第五一号証(但し同第三号証は一乃至三)を提出し、乙第一号証の成立を認めた。

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、

請求原因(一)の事実、及び(三)の事実中、原告がその主張のような訴訟を提起し、一審で勝訴したが被告等がこれに控訴したことは認めるが、その余の事実及び(二)、(四)の事実は否認する。即ち、亡イワノはかねて本件土地の東方に二筆計一二四坪四合の土地を所有し、昭和二三年九月末日これを西田誘四郎に賃貸し、その目的地として亡イワノ所有の土地を指示したのであるが、偶々西田が本件土地の一部を占有し、且つ亀井等も勝手に占有するに至つたもので、亡イワノの右賃貸行為と西田等の本件土地占拠とは何等因果関係がなく、従つて亡イワノの右行為が不法行為となるいわれはない。

と述べ、抗弁として、

原告主張の訴訟の控訴審において、昭和三四年一〇月四日(一)控訴人(本件被告)は被控訴人(本件原告)に対し、請求金中三二五、〇〇〇円の支払義務のあることを認め、右金員を昭和三四年一〇月末日限り被控訴人代理人水田猛男方に持参して支払うこと。(二)被控訴人はその余の請求を放棄すること。(三)訴訟費用は第一、二審共各自負担とする。との和解条項による裁判上の和解が成立し、被告は右和解に基き金三二五、〇〇〇円を支払い事件は全部落着した。よつて右和解成立により、右係争事件に関する一切の紛争は全部解決されたものであるから、仮に原告主張の請求権が存在していたとしても、和解により放棄消滅に帰したものである。

と陳述し、

証拠として、乙第一号証を提出し、甲第一、二号証、同第四乃至第三六号証、同第四三乃至第四九号証、第五一号証の各成立を認め、その余の甲号各証は不知と答えた。

理由

原告主張の請求原因(一)の事実は、当事者間に争がない。

そして成立に争のない甲第二、第四号証によれば、左の事実を認定することが出来る。

原告は、弁護士水田猛男に委任して、亡矢野イワノの相続人たる被告、及び訴外西田誘四郎、同亀井美秋ほか五名を相手方として大阪地方裁判所に対し訴訟(昭和三二年(ワ)第三、三三〇号家屋収去土地明渡並びに損害金請求事件)を提起した。右訴訟の原告の請求原因とするところは、原告はかねて本件土地を所有していたところ、昭和二三年九月末日亡矢野イワノが右土地を自己所有と詐り擅に西田誘四郎に賃貸し、同人が更にその一部を亀井美秋等に転貸した結果、亡イワノの右不法行為により西田等に右土地を占拠され、且つ地代相当額の損害を被るに至つたので、西田等に対しては所有権に基き建物収去土地明渡を求め、亡イワノの承継人たる被告に対しては、亡イワノの右不法行為に基く損害賠償として地代相当の損害金の支払を求めると謂うにあるところ、原告は昭和三三年一二月二〇日全部勝訴の一審判決を得た。ところが被告はこれを不服として大阪高等裁判所に控訴の申立をなし、原告は水田弁護士に委任して応訴し、昭和三三年(ネ)第一、七二二号事件として審理されたが、昭和三四年一〇月三日に至り、原告(被控訴人)被告(控訴人)間において右訴訟につき裁判上の和解が成立した。そして右和解条項は、被告主張の抗弁事実記載のとおりである。

以上の事実を認定することが出来、右認定を左右すべき証拠もない。

ところで右訴訟の請求原因は亡イワノの不法行為を原因とする損害賠償請求であるところ、右和解条項第二項には、「被控訴人はその余の請求を放棄すること。」と、第三項には、「訴訟費用は第一、二審共各自負担とする。」との条項が定められているので、原告が本訴において主張する請求権も、また亡イワノの不法行為に基因する損害賠償請求であるから、もしこれが右和解の成立により消滅に帰しているのであれば、その余の判断を用いる必要がないので、先ずこの点について判断する。

先ず右和解条項第二項について検討すると、「被控訴人(原告)はその余の請求を放棄すること。」とする条項の訴訟法上の効果としては、原告が当該訴訟において請求の趣旨として求めている特定の請求の内、その一部を放棄する効果を生ずるに止まることは勿論であり、右条項のみを捉えて、原告が和解成立に際し実体上、亡イワノの不法行為に基因する全損害の賠償請求権を一切放棄する旨を表示したものと見ることは、他に格別の事情がない限り困難であると言わねばならない。

次に、和解条項第三項について検討すると、「訴訟費用は第一、二審共各自負担とする。」との条項の訴訟法上の効果としては、民事訴訟法所定の訴訟費用については各支出者の負担とし、相手方に対しその賠償を求め得ない効果を生ぜしめるに止り、訴訟法上厳格な意味の訴訟費用に含まれない弁護士費用についてまで直接効果を及ぼすものではないことは言うまでもないが、元来訴訟の追行のために要した弁護士費用は、その性質上訴訟法所定の訴訟費用と同一の性格を有し、これを法定の訴訟費用に包含せしめている立法例もあり、殊に社会通念上所謂訴訟費用と言えばば、当該訴訟に要した右弁護士費用を含む一切の費用を指称するのが通常であるところから、右の如き和解条項が成立した場合には、法定の訴訟費用を各自の負担とする旨の訴訟上の合意がなされると同時に、特段の留保等の事由のない限り、右和解に伴う実体上の当事者の黙示の意思として、所謂広義の訴訟費用(当該訴訟に要した一切の費用)もまた各自の負担とし、互にその賠償を求めない趣旨の合意がなされているものと見るべきである。(けだし、若し、一般に明示された和解条項によつては、当該訴訟に要した弁護士費用は、将来別に追求される余地を残す趣旨であれば、相手方としてはその和解に応じなかつたであらうことは極めて見易いところであり、又右の如き和解が成立して当該訴訟が平和裡に解決しているのに拘らず、その後においてなお、旧訴訟に要した弁護士費用だけは通常未解決のものとして、別にその取立を認めることは、甚しく社会通念に反するであろう。)

してみると、原告が本件訴訟において主張する損害賠償請求権が発生していたとしても、原告は前記和解の成立に際し、実体上暗黙裡に右請求権を放棄したものと言わねばならない。よつてこの点の被告の抗弁は理由があり、その余の判断をなすまでもなく原告の請求は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用の上、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮川種一郎 奥村正策 島田礼介)

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